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麗加の家
  • 2017.12.27/

私が書道を学ぼうと思ったわけ

『人は無意識のうちに、道を極めようとして生きているんだよ
それが一番楽に生きられる方法だからね』

“道って…どういうことですか?”

『静と動だね。  書道、華道、茶道・・・など日本の伝統文化は静を極めるもの
動を極めるものとして柔道、剣道、弓道、合気道・・・などがある
日本の伝統的なものにはすべて“道”がつくんだね。

野球 サッカー ラグビー等・・・外国からのものにはそれがない。
生きることすべてを“道”として捉えてきたのが日本人の魂 精神文化 なのだよ

それは代々、日本人の心として受け継がれてきたものなんだ。
幼い子供達に、親は一生懸命、書道 茶道 柔道 剣道 空手道の塾に通わせ、
先生方も又子供達にその神髄を会得させようと一生懸命努めている。
それはひとえに、“道”という何物にもゆるがない心棒を
子供の心に打ち立てる為の学び、訓練なのだよ。

心に杭がないからふらつく。迷う・・・それはとっても苦しいことだ。 
あまり苦しまずに生きられるように、ふらついても元の杭に戻れるように、
徹底的に静と動の訓練をする。その訓練の積み重ねが心棒を作ってゆく。
それをまっすぐ打ち立てて太陽に向かってゆく。
地上の生けるものはみな太陽を向いているからね。
だから人も太陽を向いて生きなければいけない。

人にとって太陽とは希望、夢、真、善、美、正義なるもの等への激しい希求心なんだ。
その太陽をしっかり抱いて、一生懸命生きてゆく それこそが幸せになる一番の近道なんだよ。
その近道を学ぶために、古来日本には“静”と“動”を極めるという
方法がある。それを“道”を学ぶというんだけどね・・・。』

というようなことを、ある雑談の折に聞いたことがある。
又、何時間も無心に墨をすり続けていると
聞こえなかった音が感じられるようになるという。

それを聞いたとき私は、“書道をやってみよう”と思ったのでした。
書道-これも日本の伝統文化である“道”を極めることに
つながっているのではないか?

墨をすりつづけてゆけば、見えなかったものも見えるようになり
がさつで、情緒不安定の私にも
いつかゆるがない心棒を打ち立てられる日が来るのではないか? 
そして早速子供達と一緒に書道を学んでゆこう! と友人達と決めたのでした。 
よき先生にも、良き書道仲間にも出会うことができました。

“これが私の成長する最後のチャンス”

小さい決意なのに胸がドキドキしています。
大丈夫かナ!?

しっかり学んでゆこうと思っております。 
この書道教室の日々につきましては
又ホームページなどでお伝えしてゆきたいと思います。
今年もどうぞよろしくお願い致します。
皆様のご健康とご発展を心よりお祈り致しております。