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麗加の家・下野まちさんぽ

一級建築士事務所 AMPworks 山口 貴明 さん

世代を超えて家をつなぐ、町をつなぐ、絆をつなぐ。地域に根づく若いちから

生まれも育ちもこの町。
ふるさとに根づいた若手建築士

新進気鋭の勢いを持ちながら地元行事にも積極的に参加されている山口さん。この下野市の良さを少しでも感じてくれたら…ということでこのまちさんぽの取材も快く引き受けてくださいました。 下古山で生まれ、育ち、学業のため数年離れる時期はあったものの、この地に戻って開業することに迷いはなかったよう。

ご本人いわく、『根っからの土着民なんでしょうね。建築の学校の流れでそのまま東京に残る方法もあったし、開業するにあたりセールス的に 有利であろう宇都宮にする方法もありましたが、田舎の長男坊として洗脳されていたのか?地元離れる理由はありませんでした。 しいて言えば、仲間がいる、身近な人がいる、ふるさとが好きだからでしょうか。』

お話を伺いながら、地元への愛着が所々垣間見える取材となりました。建築に、町づくりに様々なビジョンを持つ山口さん。今回はインタビュー形式でまとめてみました。

  • 右:事務所兼自宅の外観。もちろんご本人の設計。


Q. 建築士としてのこれまでの経緯を教えて下さい。

実は私、経歴への質問が苦手なんです。大学で建築を学び、建築家のもとで修行をして晴れて独立。という王道を通っていないんで。当時、車やバイクこそが男の仕事と憧れて、中学卒業後高専の機械工学科へ進みました。 進路を決めるのは大学進学時でも遅くないと何度も親に忠告を受けましたが、聞く耳を持ちませんでした。 まあ案の定、数年経つとそんな想いは薄まっていました。しいて言えば車やバイクでの通学が可能でラッキーだったという事ぐらいでしょうか。若い内に専門技術を学び社会へ出るという事を忘れ、青春を謳歌する事に夢中になりました。 そして、そのままの流れで飛行機部品を加工する会社へ就職しました。当時最先端だった3次元CAD を使っての作業に、仕事の楽しさを実感しました。しかし充実はしていなかった。 別な願望がずっと湧いていましたから。

ものづくりの仕事をするならば、もっと身近に見て・触れて・感動できるものを・・・と。

そこで頭をよぎったのが「建築・インテリア」だったんです。学生時代、学業もおろそかにバイク・サーフィン・ファッションと、楽しく格好いい事に貪欲だった当時、ちょうど「裏原宿系」というファッションを始めとしたカルチャーが盛 り上がっていました。その中で私が一番興味を持ったのは「内装集団M&M」という店舗デザイナーでした。仲間達の店をデザインし、自ら工事をして、裏原宿の人気SHOP へと 生まれ替えるという人たちでした。私自身、見様見真似でドアやテーブル、T シャツを作ってみたものでした。

そんな想いを胸に、飛行機部品の会社を退職しました。本来、ここから冒頭に述べた大学へ行って~という方法もあったのですが、出遅れた感があったうえ、中学卒業時に親の忠告を無視したという自負もあって、働きながら建築専門 学校の夜間部へ入学しました。専門学校卒業後は、デザイン会社・設計会社・建設会社にて下請けではありながらも、設計デザインから現場までを経験し、2年前に独立開業しました。

冒頭、経歴を聞かれるのは苦手だと言いましたが、不利だとは思ってはいません。

確かに建築エリートコースではありませんが、遠回りしつつも色々な経験をつんだお陰で多様な視点から建築をみることができているので、逆に強みだと思っています。 現在は、主に住宅や店舗の設計・グラフィックのデザインを行っています。

自邸:リビング

自邸:階段吹抜け

自邸:外観

Q. 設計スタイル、仕事へのポリシーについて教えて下さい。

各々の建主の様々な理想を叶えるのに、作風は当てはめられません。

設計事例を見て頂ければ一目瞭然ですが、私の設計に固執したスタイル(作風)などはありません。そもそも、私は作品という表現も使いません。 学術的・哲学的には、家は建築なのか?という難しい課題がありますので、あくまでも「家」として話しますが、昨今「家を買う」という言い方が一般的に使われるようになって来ました。 しかし、私の中で「家は建てる(つくる)」というのが自然であると思っています。

建主が理想の家を求める→建てる(つくる)→住まうこの流れです。(マンションや建売住宅など、理想の住宅を見つけて買うと言う表現が自然な場合もありますが。) やはり、自然な流れとして事のはじまりは、建て主が理想の家を求めるという事になります。 立地場所は・・・、見た目は・・・、インテリアは・・・、あんな生活を・・・、どんどん要望が出てきます。

次に、よし、進めるか!となり手段を考え決定します。 地元の工務店に相談しようか?有名ハウスメーカーに相談しようか?設計事務所に相談しようか?セルフビルドで頑張るか?となる事でしょう。 私が思うに、この時点で家を建て始めているのです。 その建てる手段の一つ、設計という立場にてお手伝いさせて貰うのが私であり、建主にとって一世一代のビッグプロジェクトにて、 専門的知識を元に建主のパートナーとしてサポートする役目だと思っています。 そうして建てられた家は、建主の生活の基盤であり財産です。

常に肝に銘じているのは、「ひらめきと思いやり」。

私の具体的な業務内容は、建主の要望を引き出しまとめたうえで、諸条件(法令・近隣との関わり・施工技術・予算等)を当てはめつつ組み立て、建主の頭の中で描かれた想いを 図面・パース・模型などで表現します。それを元に理想の家での生活をシミュレーションしてもらい、そのシミュレーションを繰り返して設計案を完成させます。 そうして出来た設計図を元に、建主はどのような家をどのようにして作りたいかを施工業者に伝え、工事期間も建主に代わる専門家として確認しながら見届けます。

その際、常に肝に銘じているのが、「ひらめきと思いやり」です。建主の要望・諸条件をもとに、ベストなプランがすんなりと出来ることは少ないです。 それを解決するためには、ひらめき(アイデア)が必要です。もちろん天から湧くようにポッと答えがひらめく訳ではありません、考えられる事を考えられるだけ、ひらめく限りシュミレーションを繰り返し最適解を導きます。 また、家は、建主をリーダーとして大勢の人がチーム一丸となって建て、そこで生活を営みます。何処を切っても人ありきですので思いやりは必須です。 長々とまとまりなくなってしまいましたが、これが私のポリシーでしょうか。

『AMPworks(アンプワークス)』という屋号に込めた想い。

そうそう、それを簡潔に表そうとしたのが、事務所の屋号です。 説明しなければ解ってもらえないのですが、AMP とは、英語でAmplifier、増幅器という意味です。 一般的な音響機器にて例えると、マイクで拾った声を、アンプで増幅し、スピーカーから響かす。 そのことに家造りをなぞると、建主の要望を、私(AMPworks)が入力しより良く設計し、職人さんが形にする。 結局、私自身、家を生み出すことも、いざトンカチ持って家を作る事もできないけれど、その間に立ち、ひらめきと思いやりを持って増幅する役目であるという想いを屋号に込めた訳です。

Q. 地域行事への関わりと街(下野市石橋地区)へのビジョンとして、
  山口さんなりの考えはどのようなものでしょうか?

下野市は、全国的にみても住環境の優れた街として位置づけられています。

気候災害・医療福祉・環境・交通、どれをとっても特別秀でることは無くとも劣ることはありません。それゆえ、人口も増加の傾向にあるようです。 特にここ、石橋下古山地区は著しいのではないのでしょうか?しかし、私この現状に懸念を抱いています。 歴史的に見ても街は、栄枯盛衰を繰り返します。○○ニュータウンと称した街が盛り上がりを見せては、世代が代わると衰退・荒廃してしまうという事例がいくつもあるように、 今は良くても、次世代はどうなのだろう?と、次世代にとって、もっと住環境の良い街があらわれたら、そちらに住まいを構えることは容易に想像つきます。

私自身、先にも述べましたが土着民の1人として、この街をふるさととして好きな人間として、将来も踏まえて、どうしたものかと悩んでいます。 優れた住環境と共に、次世代の帰郷心をくすぐる何か・・・ 抽象的ですが、街の空気・雰囲気が大変重要だと思っています。物理的な住環境と共に街の空気・雰囲気が円熟してこそ、街への誇りとなり、永続可能な街になると思うのです。

人のつながりを促進する、「祭り」と「商」。

その解決策の一つになると思っているのが、人のつながりです。人のつながりを促進する、「祭り」と「商」がオリジナルな街の空気・雰囲気を創出するのに重要なのではと考えています。

まずは、祭りについてです。昔と違い同じ集落に住みながらも、職も価値観も多種多様な人々が軒を連ねて住んでいる のが現在です。唯一の共通事項といえば、季節の移ろいぐらいといっても過言では無いでしょう。後はゴミ収集日くらいかな? その唯一共通の時節にある祭り、そこにふるさとのオリジナリティを見いだす事ができるのではと思っています。 私自身、夏と言えば御神輿ということで下古山の御神輿を担いでいます。 大人になったら担げるんだと、子供の頃から憧れていたのですが、見るとやるとじゃ大違い。大きさ重さのわりに担ぎ手不足(若手)で、最初は苦痛でしかなかったんですが、このまま担ぎ手不足で消滅させる訳にはいかないと思い、同じ思いをもった幼なじみ達、また町内外問わず理解してくれる仲間達を集い「若星會」という会をつくりました。 結果、一年の内、一夜限りですがみんなが集まって来てくれます。本来、祭り・御輿には深い習わしがあるのですが、夏と言えば下古山の神輿だ!と定着し繋がっていけることが大切です。 その他にも、かかし祭りやどんど焼きなど、季節ならではの祭り(催し)に参加していますが、楽しみつつ受け継ぐ事を考えています。

次に、商についてです。 週末にはインターパークへお買い物、たまにはベルモール。連休は足を伸ばして越谷・三郷・臨海へ。 ・・・あれ、どこも入れば一緒じゃない?と思ってしまいます。

全国的に、中心市街地商店街の衰退が先か、郊外型大型ショッピングモールの進出が先か、 モータリゼーションの反映の行く末か、良くも悪くも商業の画一化は身にしみて感じます。 そこには、人とのつながり・オリジナリティーはあまり感じません。 しかし、経済性・利便性を備えていますので、私自身利用してます。 ただ、個人商店や商店街の良さも知っています。そして、商店の人たちが誇りを持って頑張っています。そういう人たちが町の空気・雰囲気を作ってくれていると思います。

永続的に街が繁栄できることが、私の理想であり。住まう者としての宿命。

ふるさとが永続可能な街になるために欠かせない、オリジナルな街の空気・雰囲気を創出するために、ふるさとを愛するひとりとして、「祭」「商」を盛り上げたいと思っています。 現在、多種多様な価値観と共に生活スタイルも多様化しています。 それらの人々が、偶然この街に住んでいるわけです。ありきたりな言葉ですが、ご縁としか表しようがありません。 偶然でも、この街に住まう以上は運命共同体です、価値観が違うからといって争う訳にもいきませんし、どちらかがどちらかに屈する必要もありませんが、たまには膝を交えて語りあえる、住まう地を誇りあえる場を作りたいと模索しています。

永続的に街が繁栄できることが、私の理想であり。住まう者としての宿命と思っています。 同時に、設計者として世代を超えても持続可能な家づくりのサポートは欠かせません。

山口さんの建築事例を拝見させていただきました!

  • 上三川の二世帯の家

  • 栃木大町の家

    栃木大町の家

  • 上古山サーファーズハウス

  • フランス菓子Gout

  • ラーメン竹風

  • 酒場ル・ゲンテン宇都宮

  • 酒場ル・ゲンテン野木

神社の情報

■ 一級建築士事務所 AMPworks(アンプワークス)

所在地 栃木県下野市下古山1004-1
お問合せ先 0285-52-2418
営業日 不定休

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